分かるのは生徒の仕事!教えるのは教員の仕事?
今日は勤務する学校の文化祭でした。
文化祭について何か書きたいところなんですけど、それはしないんです。
だいぶ前に止められちゃってまして。学校から。
だから、それまで書いてた柔道部のこととか、学校行事のこととか、いろんな記事が非公開になってるんです。
まあ、今日書きたいことは文化祭のことじゃないので、それはそれでいいんですけど。
卒業生が遊びに来た
わたしは今年の3月まで3年生の担任をしてました。3月に卒業生が巣立っていきました。
で、文化祭って年度が明けてから最初の大きな学校行事なので、卒業したばかりの卒業生が毎年たくさん遊びに来るんです。
例にもれず、今日もたくさんの卒業生が遊びに来てくれました。
理数コース
わたしの勤務する学校には「理数コース」という3年間クラス替えのないクラスがあります。
この学年では、1年生から3年生まで3年間、理数コースの数学はわたしが担当しました。
不幸なことに、このクラスの連中は3年間わたしから逃げられなかったんです。ああ、かわいそうに。
こんな授業を3年間受けたんですよ。かわいそうに。
そんな中、3年間も授業してれば授業中に教科書の内容以外のいろんなことを話したりするんですよね。
こんなことをよく話してたんです。
線形代数
大学の理系の学部に進学すると、「大学数学入門」的な科目である「線形代数」ってのを学ぶんです。
これって、高校生が勉強してきた数学とまったくタイプが違うんです。
家ではカレーの王子様しか食べたことのなかったお子ちゃまが、いきなり本格インド料理店に行ってスパイスばっちりのサラサラの手で食べるタイプのカレーを出された的な感じ。
そのカレーがいきなり「美味しい」って思う人もいますけど、多くの人は戸惑うわけで。
それと同じで、多くの理系の学生が線形代数で戸惑っちゃうんですよね。
先生、線形が分かりません
今日遊びに来てくれた卒業生から、何回このセリフを聞いたかわかりません。
もうね。全員に言ってやりましたよ。
自分で分かる
これって、冷たいようだけどその通りなんですよね。
わたしたち高校の教員は、文科省や県教委から「わかる授業をしなさい」って言われ続けてるんです。授業が分かりやすいように研究しなきゃならないんです。
だから、生徒たちも分かるように教えてもらうのが当たり前だと思ってるんですけど、それって高校を卒業したとたんに当たり前じゃなくなるんですよね。
わたしもわざと分からないような授業をすることはしませんけど、一から十まで全部教えてしまうのはいかがなものか、といつも思ってます。
「習う」から「学ぶ」
偉そうなこと言ってますけど、わたしも線形代数はよく分からなかったんです。
でも、いま線形の教科書を読んだら、多分わかるんですよ。理解できるんです。
いつ分かるようになったのか、自分でも分かりません。でも、間違いなく自分で分かるようになってるんですよね。だって、分かりやすく習った覚えがありませんもん。
小学校や中学校の頃は、分かりやすく、理解しやすく教えてあげることって必要だと思います。
でも、高校でも同じように「わかる授業」を続けてたら、大学に入ったときのギャップはリアルにカレーの王子様から本場のインド料理の差になっちゃうんじゃないですかね。
健闘を祈る
ま、「線形が分かりません」は卒業生が文化祭に遊びに来たときの挨拶みたいなもので、超☆あるあるですからね。
みんなその試練を乗り越えて立派な大人になってます。大丈夫。
今日弱音を吐いて帰った卒業生たちも、何とか克服してくれることと思います。健闘を祈る!
やだね。自分で乗り越えろ!